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掲載日:2011年11月3日

鳥や草の名前より大切なこと
〜自然観察の面白さはどこにある?〜

三好あき子さん 開催日:2011年9月17日(土)
会 場:コーヒー屋シュッツ
話し手:三好 あき子さん
    (埼玉県生態系保護協会 春日部支部長)

目次

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1.自己紹介

生活クラブ生協の組合員は30年以上です。もう一つ今やっているのは自然保護活動で、埼玉県生態系保護協会というところに加入して、春日部支部を仲間と作って一緒に活動しています。 

実は私は「寺子屋サロン」でお話しさせてくださいと立候補したのです。その時は自分が伝えたいこと、自然の大切さのようなお話をさせていただこうと思っていたら、世話係の方から「自分のことを語ってください」と言われて正直戸惑っています。どういう話をしたらいいのかずいぶん考えましたが、私がどういうきっかけで生き物とつきあってきたのかをお話しすればいいのかな、と思っています。

上のタイトルを考えたのは世話係の方ですが、昨日、今日の準備をしながら「うん、『私の自然観察人生』ということかな」とぽっと気づきました。そんなわけでよろしくお願いします。

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2.子供のころの記憶

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この植物わかりますか。(左はネコジャラシ?、との声)右はカヤツリグサですね。 実は私、小さい頃からこういう植物の名前を知っていました。何で知っていたのかわからないくらい知っていました。

『ネコジャラシは本当はエノコログサというのよ』と言われた記憶はあります。それが誰に言われたかがわかったのはつい10年くらい前で、姉だったんですね。姉は植物が好きで、でもちょっと変わっているところがあって、カヤツリグサを世の中で一番かわいい花だと言ってました。線香花火みたいにパッパッとなっているところがお気に入りで、カヤツリグサを見るたびに、「かわいいね、かわいいよね」と同意を求められて、「うーん」と生返事をしていました。

姉は親に「これはなんていう花」と聞いて、親を困らせていたのではないかと思います。私の小さい頃(小学校に入る前の頃)は戦後やっと児童書が出始めた頃だったんですが、その頃子供用の生物図鑑が3冊シリーズで出まして、野の草、昆虫、海の生物の3冊を買ってもらい、姉は当然野の草の本を取り、エノコログサとかカヤツリグサとか見つけていました。姉が幼稚園か小学1年生の頃ですが、自分が草のことがわかったとなると、すぐ近くにいる妹にそれを伝えていたわけです。

ですから私はほかの言葉を覚えるのと同じように、いつの間にか草の名前を刷り込まれていたのです。こういうのが多分植物とのつきあいの最初かな、と思っています。

いまだに姉はカヤツリグサが大好きで、田圃に行くと見つけて「かわいいね」と言っております。それからスズメノヤリという地味な植物がありますが、子供の頃庭に咲いていたのをずっと名前がわからなくて大人になってわかってうれしかった、と姉に言われたのですが、それを覚えていたということの方に私はたまげてます。

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これはツリフネソウです。本当は黄色い花の写真がほしかったんですが近所になくて、山の中にしか咲いてないのでピンクので代用します。

小学校の先生が植物をよくご存じの方でした。学生時代にワンダーフォーゲル部におられたとのことで、私たちを山に連れて行ってくれました。その頃は一部の子供を連れて山に行くなどということもあまりやかましくはなかったのです。多分卒業して中学になってからだったと思います。キャンプとかも行きました。

山をずーっと歩いて植物の名前を次々と教えてくれました。一杯教えてくれたんですが、私が覚えていたのはキツリフネだけでした。

でも今考えると、何でこれをツリフネというのでしょうか。確かに、普通の花は下からついていますが、これは上からぶら下がっている変わった花です。図鑑などには帆掛け船のようだと書いてあります。どこが帆掛け船か私はわからないのですが。

高校で自然愛好会に入りました。同好会で、廊下の突き当たりを衝立で仕切り、ネームプレートをつけて、たまり場のようにしていました。そこにフラフラっと入りました。そこではバードウオッチングを教えてもらいました。まだあまり一般的ではなかった頃です。

大学では生物部という名の自然愛好会でした。解剖したり、研究したりではなく、鳥や花を見てました。

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この写真の右側の大きい方はニコンの双眼鏡なんですが、20歳の成人の祝いに母が、実は姉には内緒で真珠のネックレスを用意したようなんですが、「あなたは真珠のネックレスをもらっても喜ばないでしょ、何がほしい」と言われて、即座に「双眼鏡がほしい」と言いました。その頃真珠のネックレスとこの双眼鏡は同じくらいの値段で、2万円くらい。その頃の2万円って結構いい値段でしたが、その双眼鏡は30年使いました。写真のは2台目なんです。30年使ったら歯車が擦り切れて修理に出してももう部品がありませんでした。どうしようかなあ、と思いました。その頃、後継機が5万円でした。悩みましたが、『これから30年、80歳まで使えるなら5万円は元が取れるか』と考えて買いました。

左のはコンパクトで軽いですが、右のは大きくて重たいので車に積んであります。日常的にリュックに入れて持ち歩いているのは軽い方です。

20歳に立派な双眼鏡は買ってもらったのですが、その後結婚して家庭を持つと自然を見に歩くというより、休みの日は子供と遊んだり、遊園地に出かけたりが多かったのですが、夏休みに山に行く時は双眼鏡を持っていきました。

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3.社会参加は生協とわらじの会

私の社会参加というのは、生活クラブ生協と障害者団体の「わらじの会」に入ったのが先でした。生活クラブでは春日部でいろいろあってやらざるを得ないことになってやってたり、障害者団体のお手伝いをしたり、社会参加は自然保護よりそちらが先でした。

しかし新聞記事を見ても自分の心は生協や障害者団体の活動よりも、自然保護活動が気にかかっていました。生協のことなども気にはなるけど、心がぱっと動くのは自然保護なんだなと気づくのはかなり後で、相当鈍いなと思います。

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4.埼玉県生態系保護協会に参加

今は埼玉県生態系保護協会というところに入っていますが、1988年だったか子供が小学生の時にたまたま出かけた自然観察会の主催がここだったということで加入しました。といってもその頃は小学生を連れてたまに参加する程度で、春日部には支部がなく近くでのイベントもなく、遠くまで行くことになり「遠いなあ」と思っていました。

春日部支部は1993年に設立しました。支部で観察会ができるようになりそれに参加していましたが、ある時突然「公民館から野鳥観察会を頼まれたので、その指導をあなたやって」と頼まれました。

仰天してどうしようかと悩みました。その頃までに加入して何年かたっていたので、近くにいる鳥や草の名前ぐらい、雀・カラスが何を食べるかなどは知っていましたが、ほかの鳥が何を食べているか、夏鳥と冬鳥はどう違うか、どんな子育てをしているか、などは何もわかりませんでした。

こんなことでどうしようと思っていましたが、その前から生き物の写真も撮り始めていましたので、写真をA4に印刷して裏にアンチョコを書き込みました。名前、科属、暮らし方、鳴き声、などを書いて紙芝居のように作りました。その時の観察会では名前以外はあまり聞かれることなく大過なく終わったんですが、この経験が私自身の人に伝えなきゃという気持ちを刺激し、生き物のことを記憶しようと努力するようになりました。

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写真は昨年の観察会で、スコープという小型望遠鏡を使って、その先の鳥の解説でもしているのだと思います。

春日部支部ができて、2代目支部長が引退したのですが、3代目の支部長になる方がいなくて、向いているとは思えないのですが、2002年から私が引き受けました。支部長になると県全体の会議やあちこちに出かけたりします。そういうことで支部長になることで知識がずいぶん増えました。

春日部市内を見て回るという環境市民会議というのがありました。春日部支部の観察会ではいつも同じところでやっていましたので、川に沿って歩いたり、まちを見て回ったりして、春日部全体を知ることになりました。

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草加・越谷・春日部ラインというのは低地で沼地でした。左は春日部郷土資料館の常設展示の様子ですが、腰まで浸かって田植えをしています。川が沢山あって氾濫源になっています。大宮台地のはじっこは昔から人が住めたところですが、それ以外は平地・沼地でした。この写真には田舟や田下駄も写っていますが、田舟に刈り取った稲をのせ、田下駄で沈まないようにしていたのです。こういうことも支部長になってから知りました。

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右は台風の後です。手前が水路で、向こう側が田圃です。田圃が大雨の時には貯水池になります。この頃東京が大雨で下水があちこちで溢れるようになりましたが、貯水池になる田圃がなくなったせいではないかと思います。

となりの写真は同じ大雨の時の写真ですが、イナゴがセイバンモロコシという雑草に止まっています。葉っぱが全部食べられています。イナゴは稲を食べますが、稲が水に浸かり食べ物がなくなったので雑草につかまってその葉を全部食べてしまったのでした。

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田圃は渡り鳥の餌場でもあります。渡り鳥にとって田圃は広大な湿地です。これはピンぼけの写真なんですが、13羽くらいいますかね、ムナグロという鳥です。3−5月に広い田圃にやってきます。南からやって来て北の国で子育てをします。田圃に水が入ると渡ってくるんです。体重を半分に減らして渡って来ます。田圃で1ヶ月くらい休んでいる間に、また体重を倍くらいに増やします。いったん飛び立つと、海の上を何日も降りないで昼も夜も飛び続けます。降りるとまた飛び上がるためにものすごいエネルギーを使うので、大きなロスとなります。田圃は渡り鳥にとって中継地点になっています。これが田圃のもう一つの役割かなと思います。

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これはタマシギという鳥ですが、普通オスの方が派手なんですが、これはメスの方が派手です。子育てはオスがするので、メスは産卵すると次のオスに走るんだそうです(笑)。多分水に浸かるようなところに産卵するので、ヒナ誕生の確率を上げるための選択であると思われます。

田圃は米を作るだけでなく、鳥などの餌になるような生き物を育む場でもあります。田圃がそういう場であるといいなと思います。

春日部の活動は、ほとんどもう一人の仲間と2人で回してきたのですが、彼女が産休に入ることになりました。そうすると私が休んだときに観察会を代わりにやってくれる人がいなくなりました。これはやばい、ほかの仲間を特訓するしかないと思い、「春日部散歩」というのを始めました。

観察会は定点観察ですので、そこにある生き物のことは覚えるのですが、ちょっと違うものになるとわからなくなります。春日部散歩で市内をあちこち回ることにしました。植物だけでなく鳥などのこともわかるようになって、それを周りの人たちに話すととても関心を持ってくれました。

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この花はご存じでしょうか。ツユクサですね。とっても面白い植物なんですが、ツユクサの花びら何枚だと思いますか。3枚で、後ろにあるのがガクです。大変変わった構造をしています。雄しべや雌しべの位置、形もちょっと変わっていて、黄色いところは飾り雄しべといって、これで虫を呼びます。虫って黄色がよく見えるんですね。飾り雄しべには大事な花粉はついていなくて、いわばだましです。虫を呼び込んで、後ろに花粉がつくようにする作戦です。

ツユクサは雨の多い時期に咲くので、花粉を効率よく使うため、花を閉じるとき雄しべ・雌しべが接触して自家受粉もします。いろんな工夫で子孫を残そうとしています。

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5.「道ばただより」を新聞に毎週掲載

5年くらい前、埼玉新聞記者から電話があり「記事を書きませんか」というお誘いがありました。記者は春日部支部が年1回出す「支部報」の表紙に掲載された私の文章を見て、電話してきたようです。

どうしようかと思ったんですが、その1,2年前に春日部でFM局を作ろうという動きがあってその集まりに行ったことがありました。局を作るのに興味があったのではなく、FM局ができるなら私、毎週春日部の自然のことしゃべりに行こうと思ったのでした(笑)。情報発信したかったんですね。新聞に書くこともそういうことかなと思って引き受けました。5年前の6月です。

5年も続けるつもりはなかったんです。作文は小学生の頃から大の苦手でしたし、正直言って何回続けられるかもわからず始めました。写真1枚と文章ですが、とにかく何か書いて持ってきてくださいといわれました。最初書いたのが13字*33行でしたが、「33行で書いてください」と言われて、えぇ33行で書くなんてことができるのかな、と心もとない有様でした。

とにかく書き始めて、最新のが229回目です。草67 鳥60 虫47 木39 その他の動物12 気象4、というような内容です。よくもまあ、と我ながらびっくりしています。

(本にする予定はないのですか?)いつかしたいなあ、と思っていますが、昔の文章を読み返したこともなければ、昔の写真が見つかるかどうかの自信もないのですが、連載が終了したら埼玉新聞に掛け合いたいと思います。記事執筆・写真取材はボランティアだし、埼玉新聞も毎日購入しているほどです(えぇー!笑)。

記事連載の話をいただいた時、どういう連載にしようかなと考えました。まず考えたのは「平等に」ということです。どういうことかというと、自然保護活動をしていると在来種は大事にしますが、外来種には結構冷たくなりがちです。でも生き物自身が悪いわけでも何でもないのです。外から持ち込んだのは人間です。

もう一つは、田圃や畑で観察会をやったりすると、農薬は悪いとか思ってしまうのですが、農家の方々も好きこのんでまいておられるわけではないので、何かを悪いと声高に決めつけるような書き方はしまいと思いました。いろんな方が読んでくださるので、誰かを悪者にして不愉快にさせたくないと思いました。生き物を大事に、ということを伝えたいと思い、そういう視点で書いているつもりです。

読んでくださる方がどうお思いかはわかりませんが、5年も続けられているということは、やめなくていいのかなと解釈しています。私が書き始めて以来では、埼玉新聞では最長連載だと思います。

でも本当に毎週書くのは大変です。写真がないと書けないので、写真をどうしようかといつも考えています。たまたまいい写真が撮れたから書くというのも多いです。私の活動を知っている方が情報をくれたりすることもあります。この間は「うちのベランダに落っこってた」と言って、玉虫を持ってきてくれた人がいました。このようにしていろんな題材を見つけて書いています。

これだけ書いてて言うのも何ですが、私は小学生の頃から、体育とともに作文が苦手でした。伝えたいという思いがあったから引き受けちゃったんです。実は私の文章の98%には次男坊のチェックが入っています。5年前に「新聞社から連載を書いてほしいと言ってきたの」と彼に言うと、「お母さん、毎週だと僕が大変」と言うのです。「え、なんで、どういうこと」「だってお母さんの文章、僕が目を通さないと読めないよ」と言われました。(笑、いい息子さんね)。それで今も毎週読んでもらっています。今週は海外に行ってるのでパスですが。(今週は見物だね)。「同じ言葉が続くから読みづらいよ」とか表現についての指摘をしてくれます。いつそんなセンスを持つようになったか不思議なんですが、中味ではなく読みにくさ、リズムが悪いとか、自分がグジっとして書いたところは全部指摘されます。「こんにゃろ」と思いますが、自分もすっきりしないで書いた所なので、書き直す努力をしています。連載は毎木曜日ですので原稿締め切りは月曜日です。それで土曜日に必死に書いていることが多いです。

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今週はこの写真で行こうと思っています。ミツバチの死骸累々といったところですが、スズメバチにやられたんですね。今週はスズメバチがテーマです。前からスズメバチのことは書きたかったんです。あんまり悪者にするのもイヤですが、でも注意を喚起はしたい、と悩んでいました。スズメバチがいることで生態系が保たれている面もあります。スズメバチが他のスズメバチをおそうこともあります。特定のスズメバチだけが増えすぎると害が出ます。でもこういうことを書こうとすると33行じゃ足りません。テーマによっては上下の2回続きで書いたこともありますが、原則は1回読み切りなんです。これって結構難しいです。

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6.これからのチャレンジ

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実は私は今年還暦です。息子たちからプレゼント何がほしいと聞かれました。少し考えてシュノーケリングの道具をお願いしました。

海で遊んだりするのは初めてなんです。まだ1回しか行ってないんですが、海の魚と友達になれたらいいなと思っています。

 

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(この後三好さんのご近所で観察されたタカの一種、ツミのお話とスライドがありましたが、ここでは割愛させていただきます)。

 

 

 

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(質問)

Q  お題にある「植物の名前より大事なこと」というのは………?

A  名前だけだとまだ生き物のことを知ったことにはならないと思っています。さっきツユクサのお話をしましたが、生き物がどう生きているか、私たちとの関わりはどうなのか、なども含めて生き物を知るということが大切だと思っています。でも確かに名前を知ることは生き物を知ることの入り口です。認識の第一歩です。そこから入って生き物の暮らし方、他の生き物との関係なんかを知っていくと、私たちの世界がどのようにできあがっているのかがわかってくると思います。

昨年栗の木についての記事を書いたんですが、栗の雌しべと雄しべの比は、1対万くらいで圧倒的に雄しべが多いのです。そんな比率でなくても受粉できそうなのに、と思っていたのですが、雄しべの花粉を食べに来る沢山の昆虫を見ていて気がつきました。栗の木は自分が生き延びるために、昆虫たちを生かそうとしているんだ。生き物と生き物とのつきあい方ってこういうことなんですね。名前を入り口にこういうことも見えてくるとすてきですよ。

人間も土で育った動植物を食べてる訳ですが、土で育つとは生態系のバランスの中で生きるということです。人間は今つまみ食いをしていて、生態系という地域の循環を無視しています。外国にもいいものがありそれを絶対日本に持ち込むな、とはいいませんが、わたしたちの生活が、生活している地面とつながってないといけないのかな、と思います。こういうことが伝わると、私は一番幸せです。(拍手)。

(この後参加者の自己紹介かたがた、参加動機、お話を聞いての感想、自分と自然との関わり、などが話され、またそれらについてのお話が出て交流が深まりました)。

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